センス・オブ・アライバル(到着したときの第一印象)を大切にしている宿
まず思い出したのは、2013年5月に26年の歴史に幕を閉じた「ホテル西洋銀座」のH支配人の言葉(今はおそらく横浜のホテルでご活躍ではないかと推察)。「私たちにとってのスイートルームは、ゲストが最初に目にするホテルの玄関だ」とおっしゃっていました。
お客様は様々な思い、背景があってホテルへやってくる。その「到着したときの第一印象」がお客様の滞在の満足度の大勢を決めるのだと。そして宿泊体験がはじまるチェックインよりも前に、お客様の脳裏を想像することが何よりも重要な事前準備であると。ホテルに期待するストーリーを想像して共感し、渾身の笑顔で「お帰りなさいませ」とお迎えすることをホテリエとして一番大切にしているとのことでした。お客様はホテルに到着した瞬間から心が解放され、ホテルの方々と一緒に滞在を良いものにしたいと思いながら滞在時間が作られていくのだと。
同じように、長年の大親友のホテルマン(先日開業した富山のホテルの総支配人)にも同じことをホテル談義(不定期開催の飲み会)の際によく教えてもらいました。ホテルとしてゲストに対して大切にしたい考え方が「センス・オブ・アライバル」であり、到着したときに勝負をかけるべき瞬間があることを教わりました。
豪華なスイートルームよりも、最高の笑顔と共感でお客様のご到着をお迎えすること。この考え方を大切にしているお宿は、自然と記憶に残っていることが多いように思います。
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私の中の「センス・オブ・アライバル」体験ナンバーワンは伊豆のH旅館
伊豆への家族旅行、自家用車で数時間をかけて伊豆のH旅館へ。駐車場に車を停めて、車から降りたそのとき、駆け寄ってきた仲居さんから私の娘(当時3歳)に一言あいさつ。「〜〜ちゃん、こんにちは。ようこそH旅館へ。お誕生日おめでとう!」。娘は飛び上がって喜び、そこからはじまるあたたかい接客によって思い出深い1泊2日に。
仲居さんの目線とあいさつは、予約者である私や家内ではなく「まず先に子どもの目線で子どもから」。きちんと「名前で」あいさつを交わし、(後から聞いたのですが)「車のナンバープレート」と「宿泊日」、そのときの家族の雰囲気(誰が主役の旅行なのか)を推察、そして過去の宿泊時の対話の記憶(記録)から読み解き、確証を得る。到着した時の第一声を笑顔で、最高のお迎えをする。
この体験をしたら、一生その旅館と付き合っていきたいと思いますよね。前述のH支配人とY総支配人の教えに加え、自身の体験からも「センス・オブ・アライバル」はお宿の在り方に示唆をあたえる考え方だと理解が深まりました。
「思い出を磨き続ける宿」
自身の体験から派生して思い出されるのが、「思い出を磨き続ける」がコンセプト福島のM旅館。時代が進めば進むほどに、その当時の記憶は薄れていくもの。ですがM旅館では当時の対話の内容を記録し、ゲストがまた泊まりに帰ってきてくれたときには、タイムカプセルを開けるような気持ちで当時の思い出話を切り出し、お迎えをするのだといいます。
些細な対話の記録が時を経て、記憶を呼び起こすきっかけとなり、その人の中だけにある大切で輝かしい人生の1ページが思い返される。「ああ、あのときこんなことがあったな」「またここに帰ってくることができた」お客様は様々な回想をされるそうです。そして宿を後にするときには「また必ず帰ってくるね」「また思い出話をしよう」「変わらないでいてくれてありがとう」などと感謝の声が多いとか。
宿泊体験には、物理的で表面的な体験だけでなく、その人の内面にある時空を超えた対話の体験が多分に寄与するものだと思えてきます。大切な思い出が、いつでも輝かしく取り出せるように「磨き続ける」と表現されているH社長のコメントが印象的でした。
番外編:海外旅行先「スリランカのホテル」での1コマ
もともと旅行会社出身ですし、コロナ前まではなるべく1年に1回は海外旅行にいくようにしていました。その中でも特に心に残る旅先が7年から8年前に訪れたスリランカであり、そのときに滞在したホテルです。当然、当時も私自身は一貫したお宿好きですから、宿泊先選びにもこだわりをもち、そのときはアジアで最古のヘリテージホテルを選びました。どのような文化や考え方を持ったホテルなのかとても楽しみでした。
日本からスリランカ最大都市のコロンボまでは直行便で9時間。ホテルのロビーに到着して、疲れ切ってソファーに座って荷物を下ろしたりしていたところで、な、なんと「上を向いて歩こう(英題:SUKIYAKI)」のBGMが流れ出し、ロビーにいたホテルスタッフが笑顔でこちらに微笑みかけてきました。イギリス植民地の時代を経験したスリランカ人はこの曲を知っていて、国旗まで立ててBGMとともに日本人観光客を歓迎してくれたのでした。BGMに加えホテルの方々全員の笑顔と”Welcome to Sri Lanka. Have a wonderful stay.” このメッセージで疲れは吹っ飛び、ホテルについた瞬間に最高の旅になることを確信したのと同時に、「お宿の在り方」の普遍性についてを学んだような旅でした。
塩川一樹
Loco Partners代表取締役副社長。1979年生まれ、立命館大学経済学部卒。JTB経てリクルートへ中途入社。
旅行事業部にて首都圏・伊豆・信州エリア責任者を歴任し約2,000施設以上の担当を歴任。
その後トラベルズー・ジャパンにてエンターテインメント企業、ホテル・旅館の営業責任者として従事。
2012年7月にLoco Partnersに取締役として参画し、2020年4月より現職。趣味は宿巡り(年間100泊など)、レストラン巡り、ゴルフ。
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